第1章

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座った篠原が小さな紙袋から取り出したのは、黒い弁当箱だった。 楕円形のそれを、篠原は膝の上に乗せる。 「へぇ、篠原は弁当なんだ」 「うん、親が作ってくれるからね。相島くんは、いつもパンを食べてるの?」 「大体はそうかな。たまにコンビニ弁当も買うけどさ」 ようやくスムーズに会話が出来て、嬉しい気持ちがこみ上げてくる。 まるで、普通の友人のようだ。 パンの袋を開けながら、思わず笑みをこぼしてしまう。 その際に昨日のことを思い出して、俺は篠原に視線を向けた。 「そういや、俺の名前ってやっぱり七月から来てたらしい。大当たりだよ。篠原、よく知ってたな」 篠原は一回俺を見てから、弁当に視線を戻した。 箸の持ち方も綺麗で、お手本のようだ。 「たしか、本で読んだんだと思う。あと、人の名前が好きだから」 「名前が?」 「うん」 卵焼きを咀嚼し、飲み込んでから篠原は話し出す。 「名前って、一生懸命考えてつけられたものだろ? 名前じゃなくても、そういう思いが込められた言葉は素敵だと思うんだ」 ゆっくりと、それでいて優しい話し方。 その言葉に心臓がふわりと浮くような感覚がする。 「じゃあ、篠原は言葉を大切にしてるんだな」 篠原は俺の方を向く。 そして、ふんわりと柔らかく微笑んだ。 初めて見るその笑顔は、とても綺麗なものだった。 「大切にしてるよ、好きだから」 ――好き。 その言葉に頭が真っ白になる。 心臓が激しく脈を打つ。 好き。好き。 篠原の言葉が頭の中をぐるぐると回る。 俺は気付いた。気付いてしまった。 これはただの興味でも友情でもない。 これは、恋だ。
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