第1章

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「あら、今日は早かったのね」 家に帰り着きリビングに向かうと、母親が目を丸くしてそう言った。 いつもは授業が終わっても真っ直ぐに帰ってこない俺だ。当然の反応といえるだろう。 俺は「まあ、ちょっと」と適当な返事をしながら軽い鞄をソファの上に置く。 それを聞いた母親も、「あらそう」なんてのんきな返事をしただけだった。 冷蔵庫から麦茶のボトルを取り出しながら、ふと、篠原の言葉を思い出す。 コップに注いだ麦茶を一口飲んでから、俺は口を開いた。 「なぁ、俺の名前って七月生まれってところから来てるの?」 「そうよ、お父さんが決めたの」 そう言う母親は何故か笑みを口元に浮かべている。 ひょっとすると、嬉しいのかもしれない。 「まさか悠里から聞かれるとは思わなかったわ。どこで知ったの?」 笑顔のまま問いかけられて、俺は言葉に詰まってしまった。 『――良い名前だね』 少し俯きがちな顔を、落ち着いた声を、柔らかで優しい言葉を思い出す。 思い出す内にじわじわと顔が熱くなってきて、俺は残っていた麦茶を急いで飲みほした。 「……秘密」 隠すほどの事じゃないのは分かってる。 ただ、なんだか上手く言葉に出来なくて、俺はそれだけ言うと鞄を持ち部屋へと逃げ込んでいった。
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