東京オリンピック

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柴田麗の朝は特に早くも遅くもない。 平日も休日も変わりなく同じ時間に起きる。 昼過ぎまで寝過ごすこともない。 が。 日曜の朝のこと。 いきなりかかってくるのが相場の、しかも固定電話の呼び出し音で起こされた。 「麗ちゃん、麗ちゃん!」 電話口の向こう側は興奮した声で弾けている。 四十間近い男の麗をつかまえて『ちゃん』付けできる度胸のある人間はたったひとりと相場が決まっている。 「……愛美か」 起き抜けでいがらっぽくなった声で麗は断定する。 一瞬、電話口の反応が止まり、そして小声で「そうだよ!」と返ってきた。 愛美は、麗の友人の娘で、それこそ産まれたてのほやほやの頃から知っている。 友人夫婦は共通の友人で、自分達の年齢とキャリアを考えると早い結婚をし、早くに子供をもうけた。 それが一人娘の愛美だ。 性格は父親に似て直情的で、母親に似て頑固。これに尽きる。 仕事の関係で学生時代と変わらず交流を持っていた友人一家とは親しく、彼女が子供の頃から麗は何かと言ってはつきまとわれ、そのまといつき方は刷り込みたてのあひるの雛そっくりだ。待って待ってと追いすがる姿を先日話題になったyoutubeの動画で愛美から観させられた時、まっさきに思い浮かんだのが観せた本人だった。
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