第1章

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そのカクテルそのものを呑んだことはない。 でも多分。 その味はとてもよく知っている。 その日はホテルに泊まっていた。 喫煙可能な、ホテルの一室。 どんよりと重い雲からは今にも滴がこぼれそうで、遠くで車の音がしていた。 何処から買ってきたのか古い新書を読みながら、大嫌いな愛しい人は煙草を燻らせる。 香りのきつい両切りの外国製タバコ。 いつだったか、試しに口にしてみたら思い切りむせてしまって、大騒ぎになったっけ。 僕はつらつらといろんなことを考えながら、シーツの中に潜る。 時々、湿っているところに行き当たるのには閉口するけれど、お気に入りの時間。 子供のころ、読書に夢中になっているあの人の膝枕でたゆったていた時も、こんな気分だった。 「おい」 唐突に声をかけられて、僕はシーツの隙間から少しだけ顔を出す。 「呑みに行くぞ」 あの人は本をサイドテーブルに置いて、椅子の背からジャケットを取り上げた。 「行って来れば?」 「先に行ってる。最上階のバーだ」 それだけ言って振り向きもせずに部屋を出て行った。 勝手な人。 いつだってそうだ。 僕の言い分がすんなりと聞き入れられることは、ほとんどない。 「せっかくいい気分だったのに」 ベッドから降りて、僕はシャワーを浴びに行く。
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