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そのカクテルそのものを呑んだことはない。
でも多分。
その味はとてもよく知っている。
その日はホテルに泊まっていた。
喫煙可能な、ホテルの一室。
どんよりと重い雲からは今にも滴がこぼれそうで、遠くで車の音がしていた。
何処から買ってきたのか古い新書を読みながら、大嫌いな愛しい人は煙草を燻らせる。
香りのきつい両切りの外国製タバコ。
いつだったか、試しに口にしてみたら思い切りむせてしまって、大騒ぎになったっけ。
僕はつらつらといろんなことを考えながら、シーツの中に潜る。
時々、湿っているところに行き当たるのには閉口するけれど、お気に入りの時間。
子供のころ、読書に夢中になっているあの人の膝枕でたゆったていた時も、こんな気分だった。
「おい」
唐突に声をかけられて、僕はシーツの隙間から少しだけ顔を出す。
「呑みに行くぞ」
あの人は本をサイドテーブルに置いて、椅子の背からジャケットを取り上げた。
「行って来れば?」
「先に行ってる。最上階のバーだ」
それだけ言って振り向きもせずに部屋を出て行った。
勝手な人。
いつだってそうだ。
僕の言い分がすんなりと聞き入れられることは、ほとんどない。
「せっかくいい気分だったのに」
ベッドから降りて、僕はシャワーを浴びに行く。
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