第1章

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バーテンダーが「いつものですか?」と問いかけるのに、うなずいて答える。 ふと、彼の手元を見たら置かれているのはいつもの、彼のお気に入りの酒だった。 「マティーニを呑むんじゃなかったの?」 「そう」 答えて彼は、また、グラスから酒を口に含んだ。 度数の高い舌のしびれるようなものを、美味しそうに飲み下す。 「変なの」 カウンターに置かれた僕の分のグラスを見ながら、もう一口呑んで、彼はにやりと笑った。 「これが、チャーチル風の最高にドライなマティーニ」 昔のイギリスの首相の名前を挙げて、くつくつと喉を鳴らす。 ベルモットは眺めるだけの、最高にドライなヤツ、と。 そんなのただのジンじゃないか、僕はそう思うのだけど。 ばかばかしくなって、自分のグラスに口をつけたとたんに、肩を抱き寄せられて、いきなり深い口づけをされる。 「…んぅっ……!」 いつの間に口に含んだのか、彼の唇から強制的に送られてくる、きつい味。 自分の口の中に残っていた少し甘いベルモットと混ざり合う。 はしたなく唇の横から漏れたのを、ペロリとなめとって、彼はまた、笑った。 「これが、俺だけの特製のマティーニ」 「…!」 彼が好んで飲むのは、ドライジン。 僕がいつも飲むのは、ドライベルモット。 ジンとベルモットをステアしたカクテル。 それが、マティーニ。 僕の唇にグラスをつけて、ベルモットを流し込みながら、自分の口にもジンを含み。 彼はまた、深く深く、口づけをしてきた。 くらくらする。 きつい酒になのか、口づけになのかは、わからない。 ただ、一人で座っていられないくらいに、世界が揺れる。 僕の肩を抱いてカウンターに肘をつき、大嫌いな最愛の人は、ものすごく楽しそうに微笑んだ。 「ごちそうさん」
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