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等間隔で植わった木々の下には、涼しげな風を感じられそうなベンチが並んでいるものの。土曜の昼中とあって、その遊歩道には寝衣を着た患者さんや見舞いに来た人達の姿が疎らに見える。
「あんな所まで出て行ったら、見てくれと言っている様なものだ」
彼が公の場を覗き見る私の背中に声を掛けた。
「…だよね」
「一緒に食べるつもりで来ておいて、その場所を考えてなかったのか?」
「はい、実は。…あっ、屋上!…は、もっと無理だね」
あそこ、更に公の談話コーナーだし、オープンテラスから丸見えだし…
へら~っと誤魔化し笑いをし、気まずそうに首を縮めた。
「ったく…お前は。いいや、ここで。あんま時間無いし」
そう言って、彼はその場にしゃがみ込むと咲菜ちゃんに声を掛ける。
「えっ…ここって」
父親の声を聞いた咲菜ちゃんはくるりと振り返り、拾った小石を握りしめたまま笑顔で駆けてくる。
「咲菜が届けてくれたパイ、ここで食べよう。ほら、石は下に置いて。…麻弥、ウエットティッシュ持ってるか?」
先生は咲菜ちゃんの両手を掬って、私に声を掛ける。
「うん、持ってる」
私は肩に掛けた手提げ鞄からウエットティッシュを取り出し、彼に渡した。
先生は小石を離した咲菜ちゃんの手を持って、小さな手のひらに付いた砂を丁寧に拭き取っていく。
「咲菜が配って」
彼は甘いお菓子の入った箱を彼女に手渡し、笑顔を向ける。
「うん!さなが、くばる!」
重要な役割を請けたとばかりに、咲菜ちゃんは満面の笑みを放ち声を弾ませて、ラップに包まれたパイを取り出し私たちの手のひらに乗せてくれた。
ここまで食べるのを我慢していた咲菜ちゃんは「もう待てない!」と言わんばかりに、パイがラップから顔を出したと同時に噛りつく。
それを微笑ましく眺める、先生と私。
「んっ、ウマイっ!」
大きな口でパイに食らいついた先生が、声を上げた。
「ん~、美味しい!カスタードクリームの甘さとブルーベリーの酸味が合わさって最高!ねっ、咲菜ちゃん」
口の周りにクリームを付けながら、美味しそうにパイを頬張る咲菜ちゃんを見つめてにっこり笑った。
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