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二月の飲み会の後に気まずい会話をして以来、香川さんと少し距離が出来た気がする。
勿論、仕事上の会話はするし挨拶も笑顔で交わす。
しかし、食事に誘われないだけでは無く、以前と比べ香川さんから話しかけられる回数が極端に少なくなった。
あの夜、酔って記憶の無い間に、私に何か不快な思いをさせてしまったのではと、自分を責めているかも知れない。
本当は誘い自体が迷惑だったのではと、私を半ば強引に連れだしたことを後悔しているかも知れない。
彼女は何も悪くない。
それなのに、私は気づかぬふりを続けている。
…距離が出来たのでは無い。
私から距離を作ったのだ。―――自分の幸せを守るために。
看護師の中で唯一、私を名前で呼んでくれる人――
他のスタッフの視界には映り込まないような私を、好きだと言ってくれて、「友達」だと言ってくれた人――
彼女が「おはよう」と笑顔を向けてくれる度、「安藤さん」と声を掛けてくれる度、鋭利な棒で一突きされたように胸が痛くなる。
そして苦しくなる度、
この距離は「香川さんにとっても必要な距離なんだ」と、「誰も傷つけないために仕方ない」のだと、正当化して自分に言い聞かせる。
…これで良いんだ。
「良いんだ…これで」
俯きながら歩く足もとに、消えそうな声が漏れ落ちた。
「…まーや?」
耳を掠めた小さな声。
私はハッとして視線を上げるとそこには、急に黙りこくった私の顔を不思議そうに見つめる咲菜ちゃんの顔があった。
「ご、ごめんね。何でもないの。絵本やおもちゃがある部屋はもう直ぐだから」
頭の中の暗い残存を振り払い、少女に向ける為の笑顔を慌てて作った。
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