2475人が本棚に入れています
本棚に追加
ここ一応ボロでも男子更衣室なんだけれど、そんなの関係ないと香澄さんが入り口のところで腕を組んで寄り掛かっている。
上半身裸の漣と、その隣で発火していそうなほど顔が熱くなっている俺
こっちを見ては大きな溜め息を吐いた。
「私も今日はこのあと舞台のことで裏方と打ち合わせるから、もうここ閉めたいんだが?」
「あ、すんません」
「里帰りでお前らも、色々発散しきれてないだろうから、できるかぎり邪魔しないようにって思ったんだけどさ。放っておいたら、このままここでしかねないからな。いつ帰れるかわからない」
そんなことはしません。
「いいっすよ。香澄さん、鍵だけ預かります」
えぇ? 何、それ、なんかそれじゃ、鍵預かって、ふたりっきりになってイチャイチャの続きでもするみたいじゃないか!
「アハハ、ここに来た時は反抗心丸出しのガキだったのになぁ。背中に、んな痕付けて、一丁前なことを言うようになったな」
「いいじゃないっすか」
「芝居もどんどん、上手くなってるしな」
それは深く同意できる。一緒に舞台に立つと、香澄さんが漣に芝居を辞めて欲しくないと言っていた理由がよくわかる。
引き込まれるんだ。
漣の演技にはものすごい魔力のようなものがあると思う。
「血、だろうな」
「それは関係ないでしょ」
血? 血って、漣の、家族ってこと?
「初の舞台くらい、見せてやれば?」
「いいっすよ」
「ほれ、今回くらい受け取れ」
「……」
「この辺で芝居すんのは一年でこの時期だけなんだから」
漣の親は芝居をしているんだろうか? それなら、漣がこんなに上手いのも納得がいく。
ヒラリと渡されたチケットを、香澄さんは漣の手の中へと無理やり押し込めてしまう。
「下手な映画見るより、ただで舞台上の芝居みたほうが良いだろ」
漣は黙って、そのチケットを握りしめていた。
最初のコメントを投稿しよう!