第23章 すごく、大好きなんだ

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「ふわふわオムライスなんて、貴方できるの?」 よっぽど心配らしく、リビングでのんびりテレビでも観ていていいと言っても、キッチンから絶対に出て行こうとしない。 そこにいられるほうが気が散るでしょって頼んで、ようやくカウンターテーブルに腰を下ろしてくれた。 「大丈夫だって。オムライスの作り方なら、バイト先ですっごい見てるから」 料理人は目で見て覚える。じっくり説明なんてしてくれない。見て盗むんだ。 劇団の中で、厨房のバイトをしている人がそう言っていた。 「バイトって、大丈夫? 自転車で出前なんでしょ?」 「皆、優しいよ。ほら、この前、みかんくれたみたいに、飴だってもらえるし、なんだかお客さんにお駄賃もらってるみたいになってるんだ」 そんなふうに頂いたお菓子とかを食べながら、店に戻るのが楽しい。 サボりではあるけれど、飴玉ひとつで自転車をこぐ足が軽くなれる。 「だって、貴方、方向音痴じゃない」 「アハハ、そうなんだよね、あんま今まで実感なかったけど。それって母さん似?」 どうかしらって、言っているけれどその表情で図星なんだとわかる。母さんの色々な表情。 方向音痴だって、最近気が付いた。ずっと大人が、誰かしらが俺に同行してくれることが多かったから。 それだけじゃない。 俺はきっととても狭い世界の中だけで動いていた。知らない、一歩進めば、全く知らない世界があると知らずに、ぐるぐると身近な場所だけを行き来する。 「楽しいよ。バイトも」 「……」 クラブとかで笑っておしゃべりする。 そういうのとは全く違う「楽しい」が今、俺の周りにたくさんある。 しんどくて 悩んで たまには怒るかもしれない。 でも、振り返ったら、ちゃんと笑える。 きっと、今までで一番、泣いて、怒って、笑った。 「ほらっ! できたよ!」 「!」 出来上がったオムライスは、とりあえず丸くはなったけれど、やっぱり菫さんほどの出来ばえにはならない。 ふわとろって、かなり難しい。 「ごめん、母さん、できるって言い切ったわりには」 「とっても美味しそう。いただきます」 でも俺の作ったオムライスに あのふわとろオムライスの虜になった常連さんの誰よりも 幸せそうな顔を母さんがしてくれた。
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