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来た時は鞄ひとつで事足りたのに、帰りは紙袋がふたつ追加されていた。
「あっ! 浩志、風邪薬は? 貴方、薬箱とかないでしょ? あそこ隙間風すごそうだし。ほら、これ、この薬」
「えぇー……」
箱を見ただけでわかる。
金ぴかなパッケージとは裏腹に、ものすごく苦くて悶絶する味の風邪薬。
市販の物らしいけれど、実家以外で見たことがない。
激マズな薬。
少しでも喉をコホコホさせると、いつでも橋本のなんでも入っていそうな鞄から風邪薬が出てきた。それも苦かったけれど。
実家のはそんなの比べものにならないマズさだ。
これだけで、一瞬げっそりしてしまうほど。
「これが一番効くんだから」
でも、そうなんだ。あの優秀なマネージャーである橋本が持っている薬よりも、これはものすごくよく効く。
風邪なんて一瞬で吹き飛んでしまう。
不思議な薬。
「ありがとう」
「あとは」
「もう、いいって、そんなに入らないし、紙袋の底が抜ける」
「でも」
あれも持って行け、これも持って行けって、出前先のおばあちゃんみたい。そのうち、バナナも持たされそう。
「また来るから」
そうだよ。もうこれで一生会わないわけじゃない。
あの「彼」、北からはるか遠く、戻ってこられるかどうかなんてわからない。たぶん、もう二度と北へ、母のもとへとは帰れないかもしれない。
そんな旅じゃない。
電車でいけば三十分もかからないし、自転車だって頑張れば来れる距離。
「オンボロだけど、あっちにもたまには来てよ」
モデルとしての活躍が増えるからと、家を出た時はそんなことも言い忘れていた。
「天井のシミ、見せてあげるし」
ニヤリと笑うと、それはいらないとキッパリ断られてしまった。
鞄と紙袋ふたつ、来た時の倍以上の荷物を抱えて、自分の部屋へと帰るけれど、またここには来よう。その時はもしかしたら、また帰りの荷物が増えるかもしれないから、底が抜けないように、布の大きな袋でも持ってきたほうがいいかもしれない。
「それじゃあ」
立ち上がって、両手に荷物を持つ。
「いってきます。母さん」
その言葉に母さんが嬉しそうに、大らかな笑顔を見せてくれた。
一番、しっかり覚えておこう。
そして忘れるどころか、もっと、帰ってくる度にこんなふうに笑ってくれたらって、思いながら、ドアノブをしっかり握って扉を開いた。
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