第25章 里帰り、君の場合

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芝居の稽古ってこんなに汗だくになるものなんだって知らなかった。 大きな声、叫ぶんじゃなくて 喉から声出してたら、即潰れてしまう。 腹から、しっかり力を込めて言葉にしないと、舞台から観客席の端まで届かない。 それはただ話すだけじゃ全然ダメで、身体の底から、全身使って台詞を言葉にしないといけない。 演技するっていうのがこんなに楽しい。 「漣、今日は、バイト休みだよね」 「あぁ」 そのことを聞いてから、何度も確認していた。菫さんに頼んで俺もバイトを休みにしてもらって、デートしようって、ずっとその話をふたりでしてたんだ。 映画でも見て、芝居の話をしながらまさにデートコースを辿る半日。付き合うようになってからは、けっこうばたばたしていたし、俺の「里帰り」があったりで、デートらしいデートはできていなかったから。 背に腹はってやつで、お互いにバイトだって休むわけにはいかない。 「どこ行くか」 そうだなぁって、映画館のあるショッピングモールが一番手っ取り早いんじゃないかって、そう答えようと振り返り、慌てて、また背中を向ける。 き、着替えてるとこ、見ちゃった。 背中 俺の爪痕が残ってた。 あんな痕、いつ付けたんだろう。って、その時はものすごく夢中になっていたから、無意識のうちにしがみ付いて、その時に付けたとしか思えないけれど。 あれ、痛くないのかな。 いや、痛いだろ。 普通にただのミミズ腫れだし。 「なんだよ、お前、着替えねぇの?」 「!」 背を向けていた漣がいつの間にか真後ろに来ていて、いきなり至近距離で聞こえてきた声にビクッと飛び跳ねた。 「ちょっと、わりぃ、これ、貸して」 「う、うん」 更衣室にはそれぞれロッカーが用意されていて、どれも中古で買ってきたらしく、もうボコボコだし、ところどころ錆びていたりする。 荷物は稽古場に置いておいて、何もトラブルがないようにしておくから、着替える時しかこのロッカーは使わない。今までは発声練習くらいしかしていなかったから、ここで着替えるほどでもなかったけれど 練習量が増えれば、汗もやっぱりハンパじゃなくて 最近は着替えるようになった。 そんな俺が使っているロッカーの上に常備してある、汗取りシートに漣が手を伸ばす。 後ろから抱き締められているみたい。
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