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漣のご両親は全国を巡りながら芝居を続けている。
ずっとそれを間近で見て、漣は育った。
「好きじゃなかったんだよ。芝居」
気が付いた頃には舞台に上がっていたし、それが普通だと思っていたけれど、思春期になって舞台に縛り付けられていると感じた。
「親とは取っ組み合いの大喧嘩して、そのまま高校出たと同時に自立した」
俺は取っ組み合いの喧嘩はしていないけれど、ほとんど同じ歳くらいで家を出ていたんだ。
「別にやりたいことがあったわけでもなくて、ホント、ただブラブラしていただけ。そんな今の自分は、全国を巡ってばかりの親父達と何も変わらないんじゃないかって」
でも、漣が目を輝かせたのはやっぱり舞台の上だった。
「血、とかなのかな……すげぇ、イヤだったはずなのに、芝居を始めたら、なんか止まらなくなってさ」
「血なんて、関係ないよ」
俺は一番近くで、漣の横顔を見ていたからわかる。親とか関係なくて、周囲が自分をどう思うかじゃなくて、自分が夢中になれるものが、ここにあったってだけの話。
「でも、カッコ悪いだろ。親父みたいにはなりたくねぇって、啖呵きって飛び出したくせに、結局、同じ舞台に立ってるってさ」
「そう思っているんなら、カッコ悪くなんかないよ」
もし、もしも、それが、旅芸人の親父と、劇団じゃ違うんだ、なんて言ったらカッコ悪いと思うけど、漣は舞台上で芝居をすることは、ちゃんと同じだとわかっている。
それなら、全然カッコ悪くなんてない。
「むしろ、すごくカッコいいよ」
家でも、外でも仕事がずっと続く。
なんかそんな境遇が似ていて、俺達似ていて、少し嬉しいんだ。
「次はさ、漣が里帰りだね」
「は?」
「やっぱり旅芸人の家といえば舞台でしょ。俺も実家に挨拶してきた。初主演頑張りますってさ」
次はやっぱり漣の番だろ。
ふたりで初めて舞台の中央に立つんだ。
次の一歩に進む前には挨拶が必要だと思う。
「それでさ、親父さんの芝居からもいっぱい良いところを盗んで、もっと上手くなればいい」
「お前さ」
ニコッと笑って、漣の親父さんが立つ舞台へと急ぐ。
「お前の口から親父って聞くとなんか、すげぇ、可愛いな」
照れ隠しなのか、本心なのか、俺のよく見る笑顔で長い足を一歩大きく漣が踏み出した。
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