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高校受験の日に僕が実家の九州から初めて東京ーーー渋谷にやって来てまず驚いたのが人の多さと、何よりも四方を埋め尽くす巨大な広告塔だった。ハチ公前はスマートフォンにご執心な待ち人と居酒屋のキャッチで溢れ返って歩くのもままならない。スクランブル交差点を見下ろすディスプレイからは次々と最新の音楽が大音量で流され続け、自動車の排気ガスと、人々の喧騒が常に混ざり合う。
そして。
そして、今日が入学式の一日前。僕は重いキャリーバッグを片手に転がしながら、センター街に続く道並みを進んでいた。左右に軒を連ねる飲食店を横目に東急ハンズの手前を曲がって小道を抜ける。
バッグの中身は何枚かの着替えと明日の高校の入学式を待つ制服と教科書だけだ。
どこを歩いても雑音だらけ。はたして僕はこの地でやっていけるのだろうか、と一抹の不安を抱えながら井の頭通りを跨ぐ。
休日だろうが平日だろうが若者で溢れかえる街。
東京の高校に行きたいと言った時の両親の顔は忘れない。
僕は中学時代はずっと学校にも行かず部屋に篭っていたから。父親の所有する大量の洋楽CDだけが僕の唯一の拠り所だった。まるで渇いた喉を潤すように、僕は耳を傾けた。クラプトン、ジェフベック、ヘンドリックス。特にリッチーコッツェンのギターはCDが擦り切れるほど聞いた。
その僕が突然そんなこと言ったものだから、両親共に「何かあったの?」と驚きと心配の混ざった表情を浮かべ、一様に僕を宥めようとするのだ。予想通りの反応だったが、僕はそれにただ黙って首を横に振ることしかできなかった。
別段何かあったわけではない。部屋に閉じ篭って気づいたことは、自分の部屋の狭さだけだった。
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