第1章

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 主、留守を任せて馬に乗って用事に出る。  太郎冠者、次郎冠者は、お留守番役を申し付けられる。 太郎冠者「ささ、遠慮はめさるな。骨の髄まで味わおう。髄までじゃ。」 次郎冠者「ささ、遠慮のあるものか。味おうてみようかな。みようかな。」 太郎冠者「主は橋を渡ったばかり、戻りの遅いは、いつもことじゃ。」 次郎冠者「主は橋の途中で、馬の蹄を隙間に転ぶも、いつものことじゃ。」 太郎冠者「留守を預かる大事にあれば。」 次郎冠者「大事とは留守を預かる事なれば。」 太郎冠者「為に腹を空かせては、備えにならぬ。」 次郎冠者「腹の持たずで、留守を守れぬはあってはならぬ。」 太郎冠者「主の戻るまで、胡麻味噌を舐めて過ごすまいぞ。」 次郎冠者「よきかな。胡麻味噌であれば主もお許し下さろう。」 太郎冠者「しからば、胡麻味噌はどこにあるものか。」 次郎冠者「はてさて、胡麻味噌は隠れたものか。」 太郎冠者「ここに、主が決して開けてはならぬと、言われた壺がある。」 次郎冠者「まさしく、主の命によって開けられぬ、壺にござろう。」 太郎冠者「太郎冠者は、この壺を開けて中身の無事を調べたい。」 次郎冠者「次郎冠者は、それは主の命に背く事と、思うが如何か。」 太郎冠者「胡麻味噌の如きが消えて見つからぬ。これは些末な事じゃ。」 次郎冠者「胡麻味噌であれば、主も何も申しますまい。」 太郎冠者「されど、この壺の中身も消えれば、これ一大事。」 次郎冠者「まさに、壺の中身も胡麻味噌のようには許されまい。」 太郎冠者「ではでは、太郎冠者は壺のフタを      開けまするぞ。開けまする。」 次郎冠者「ではでは、次郎冠者は壺の中身が逃げぬよう      戸をぴしゃんと、閉めまするぞ。閉めまする。」 太郎冠者「何とした事か、次郎冠者。」 次郎冠者「どうされたか、太郎冠者。」 太郎冠者「この香りは新茶に間違いなく思うが、如何か。」 次郎冠者「この香りは新茶に間違いなく思うが、如何か。」 太郎冠者「新茶を守り、胡麻味噌を食うてもよいとは逆ではあるまいか。」 次郎冠者「新茶の一杯より、胡麻味噌の方が大事なのではあるまいか。」 太郎冠者「これは、もしや主の深きお考えではあるまいか。」 次郎冠者「なれば、やはり主の貴きお考えではあるまいか。」 太郎冠者「新茶の壺の奥底に、大事に隠しておられるぞ。」
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