第一話 蜃気楼

3/41
前へ
/41ページ
次へ
光に満ちた一階のエントランスと吹き抜けの二階廊下。 安原亜紀は『蜃気楼』とレリーフされた木製の重厚なドアを静かに引く。 明かりを落とした店内。暗がりに慣れるまでの2秒間。 亜紀はその刹那(せつな)を長く感じた。 『バー 蜃気楼』 ドアを開け左にカウンター。スツールは全部で7席。 スツールの背側に一人がやっとの通路。 右側にカップル用のテーブルが2セット。 壁に沿って並んでいる。夜9時。 客はカウンターの一番奥に一組のカップルだけ。 亜紀はスカートの後ろ側を押さえて腰よりも高いスツールに座った。 カップルと笑顔で話していたマスターが、亜紀へ視線を軽く向ける。 客の二人もマスターの瞳が動いた方向を確かめた。 三人の視線がつかの間、亜紀に集中した。
/41ページ

最初のコメントを投稿しよう!

413人が本棚に入れています
本棚に追加