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一方、そんな少年の様子に気が付かないウサギ(おっさん?)は、満足そうにわたしの向かいの席に座った。わたしの隣にいる少年は泣きそうになっている。お母さんも、どうしたらよいかわからずにおろおろしている。……目が合った。
やめてくれ。そんな助けを求めるような目を、わたしに向けないでくれ。わたしだってこんな事態、予想できていたわけでも対処できるわけでもないんだ。ただの一般人だから、だから……。車両内は、『おいどうすんだよこれ』的な雰囲気に包まれた。
そんな微妙な空気に耐えられなくなったのか、一人の主婦が立ち上がる。おお、いいぞいいぞ! いけ! その変なウサギに何か言ってやってくだせぇ!
車両内の視線が、主婦とウサギに集まる。ウサギとの距離をつめていく主婦。ほんのちょっとの期待と、多大な好奇心をむき出しにした野次馬(注、乗客)たち。
何かをもさもさと食べているウサギの正面に立った主婦は、控えめに声を上げた。
「あの、そこの方」
「ん? なんだね?」
おいこら、草食動物。なんだその偉そうな口調は。さすがに主婦も、むっとしたようだった。眉をぴくりと動かす。息を吸い込み、そして叫んだ。
「車両内での飲食はお控えください!!」
よし、よくやった。そうそう、さっきから食べ物臭すごかったんだよねー。やっぱりマナーは大事……いや、そうじゃない。正論なんだけど、ちょっとズレてるかな、主婦さん。
一方、ウサギは納得したように、ひとりうなずいていた。
「申し訳ない。朝ごはんを食べてきていなかったのだ」
「そうですか、でも車両内では迷惑になりますので」
「わかった。きをつけよう」
「よろしくお願いしますね」
満足そうに、主婦は自分の席に着いた。違う、違うんだ。周りをちらと見やると、誰もが若干の苦笑を浮かべている。あぁ、わたしもこんな表情なんだろうな……。
つか、ウサギの持ってる食べ物って、から揚げじゃない? なんで? え、ウサギって雑食だっけ? 肉食べるっけ? いや、喋ってる時点でもう常識なんかなんのそのって感じなんだけどさ。今更なんだけどさ。
「次は、○○駅ィ~。お降りの方は忘れ物とかに、ふわぁ」
うわ、何このやる気のないアナウンス。忘れ物とか、ってなんだ。あくびすんな。気合い入れろ。
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