第1章

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まだ、この季節は朝は寒い。 悴む手に息を吐いて、その手を擦り合わせた。 「うーっ…」 「ぶつぶつうるさいよ、シュウ」 「うるせ。つーか、役名で言うな。役名で」 「じゃあ、本名で言おうか?“章弘くん”」 くす、っと笑った彼女は、俺より年上風を吹かせている。 …本当は俺のほうが年上だけど、芸歴は確かに向こうのほうが上だ。 そんなんだから、こうやって朝の劇場で練習につき合わされてるわけ、なんだけど。 「さぁて、始めよっか」 「へーい…」 「何、その返事。しゃんとしなさい、しゃんと」 「…おかんみたい」 「はぁっ?私のほうが、年下よ!」 「知ってますよ、そんなこと」 いーってして、にやっと有紀さんのほうを見て笑った。 すると彼女は膨れ顔。 …少しだけ、キュンとしたのは気のせいかな。 「もうほら、早くして!!」 「はいはい。…えっと、どこからだっけ」 「マイがシュウに思いを伝えるとこ」 「あー、分かりました」 ふうっと息を吐く。その息は微かに白い。 …さて、俺は今からシュウだ。シュウになるんだ。 ステージの上、俺と有紀さんで二人きり。 でも、二人とも“シュウ”と“マイ”になりきっている。 「…シュウ」 「何だよ、マイ。こんな所に呼び出して」 「うん、ごめん…ね」 「別にいいよ。謝んなくて」 「…こんなときに不謹慎だ、とは思うんだけど」 くっとマイの顔がシュウのほうに向いた。その顔は朝焼けに照らされていて。 …思わず、息をのんだ。 「私…シュウのことが…」 「…っ」 何故かは分からない。けれど、なんか足元が急にステージから砂場になったような、そんな感覚がして。 俺はマイ…いや、有紀さんのほうを見ることが出来なかった。 何故かは、分からないけど。 「シュウ?……章弘、くん?」 「あ、ご、ごめんなさい」 「どうかしたの?」 「何でもない、です。続けて」 「…いや、やめよっか」 有紀さんは苦笑いをして、俺に近づく。 …やばい。迷惑かけた。 後輩が先輩に対して一番しちゃいけないこと、なのに。 …もしかして、もしかして、俺…。 「章弘くんらしくないわね。いきなり調子狂わせるなんて」 「…ですよ」 「え?聞こえなかっ「有紀さんのせいですよ!!」 朝日が俺らを照らした。 有紀さんへの思いに気づくまで、あと10秒。 end
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