第一章

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第一章

「ブブ……。ブブブ……」  その耳障りな虫の羽音に気付いたのは、夏休み明けの気だるい午後だった。  日本史の教師丸山が黒板に年号を書いている。季節は秋だと言うのに、窓から射し込む初夏を思わせる様な暖かな陽射し。そして教師丸山の小さくて低い声が、心地よい眠りへと下園俊を誘っていた。 「無理無理! これ寝るなっての、拷問じゃね?」 「シュンは起きてたのかよ? 流石、イケメンだな」  ようやく待ち焦がれた休み時間になると、教室内は活き活きとした空気に包まれていた。  下園俊。(しもぞの しゅん)鷺沼学園高校三年生。見た目も爽やかなスポーツマンである。身長180㎝。全身無駄な肉の着いていないスリムな出で立ちであった。俊は他校からも広く好い男として知られていた。何でも器用にこなす俊だが、元来群れる事が苦手な為、学校の部活動には参加していなかった。  それでも幼稚園の頃から習っている空手道場には、今でも週一で通っている。それだけで充分だった。 「でもこの新校舎良いよなぁ! 高級ホテルみたいじゃん!」 「そうだな。これを一年間しか使えないってのは、本ンンン……当に勿体無いよな!」  俊の隣に居るのは、幼馴染みの畑山隆(はたけやま たかし)である。彼もまた同じ道場に通っていたのだが、中学からは野球にのめり込んで行った為、道場は辞めていた。彼はこの夏まで野球部のキャプテンを務めていた。
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