さくら

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相澤先生を送った帰り、少し遠回りして海岸線を走った。 水平線は霞み、海と空の境界がない。 誰もいない朝の海も、なんだか、切ない。 砂浜のあるところで車を停めて、外を歩くことにした。 「雅さん、ぼくに恋してるんだ」 先を歩く幸が振り返らずに言う。 「まあねー」 そういえば、幸はそういった言葉を言ってくれない。 いつもどこか冷静だ。 「幸はさ、相澤先生みたいに、恥ずかしがったりしないよな?」 波の音で聞こえるか聞こえないか、 「…してる、」 波打ち際にしゃがみ込みながら幸が言った。 「雅さんが鈍感だから気づかないだけ」 …そうなんだ。 幸はどのタイミングで恥ずかしがっているのだろう。 しゃがんだ幸を後ろから抱きしめる。 「…いまは?」 幸はなにも言ってくれない。 耳に息を吹きかける。 腕の中で身体がこわばるのがわかる。 「幸、聞かせてくれないの?」 「…雅さん、恥ずかしいのでやめてください」 そのまま立ち上がって、おれたちはかるくキスをした。 唇を離す瞬間、幸に胸元を強く握られ、足を払われる。 …そして、おれは、波にまみれた。 ああ、調子にのりすぎた。 ずぶ濡れのおれを見下ろしながら幸は言う。 「ぼくも雅さんに恋してますよ」 その意地の悪い笑顔がたまらない。
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