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彼女の声は、少しハスキーだった。
ゆったりとした大人びた話し方。
大学の生徒ならば、年相応なのかもしれないが、梨華との会話後だからか、とても落ち着いて響いた。
「こっちこそごめん。こんな騒音聞かせて」
僕がベンチに座ってから、この場に近付いた人はいなかった。
彼女は最初からここにいたのだ。
そう思うと、痴話喧嘩を無理に聞かせてしまったようで申し訳ない気持ちになる。
「私こそ気を遣って離れるべきだったのかもね、ごめんなさい」
彼女が笑う。
『おしとやか』、そんな言葉がよく似合った。
ふふっ、なんて笑い方を僕は初めて聞いたけれど、彼女のそれは、とても模範的な「ふふっ」だと思った。
「なにかしてたの?」
僕はもう一度、身を横たえて問いかけた。
木々の隙間から、高い空が見える。
彼女の言葉尻に滲む、落ち着いた、だけれど飄々とした雰囲気にほだされたのだろうか。
僕の怒りはすっかり退いていた。
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