第1章

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 箱根の寄木細工は、二百年もの歴史を持っている。 これは特に古い箱だとAは鑑定士に言われたそうだ。 ほぼ二百年前の、余程の名匠による作品だという。  いくら何でも、こんなややこしい箱が初期から、 作成されたとは考え難い。最初は単純な仕掛けから 寄木工芸の中でも、緻密な「秘密箱」となればだ、 巧妙な技術に至るまで、発展の歴史を調べてみたが。  意外にも1830年頃の寄木細工にもう仕掛けの 技術は早く登場していたようで、明治になってから、 「智恵箱」と呼ばれてる。更に精密な「秘密箱」は、 1894年、O氏という名職人が考案した傑作だと。  やはり120年位に現在の組まれた木をスライド させて徐々に開いていく、複雑なものは「智恵箱」の 時代にはまだ無かったのだろう。  では、この箱はいつ、誰が作ったものなのか。  A君の御祖母さんが思い出した、代々語り継いだ話。 名匠B氏という方に、縁あって作って頂いた箱だそうで、 それは黒船来航前と伝わる。古い。一気に二百年前だ。 名匠B氏は渡しながら、A家に伝えたそうである。 「この箱は開ける事は出来ます、が開くかどうかは 『箱』が決めますので、普段はお仏壇に。」  どういう意味だろうか。平賀源内でもあるまいし、 カラクリどころか、時限装置など考えられない。 まず開くかどうかを『箱が決める』とは何だろう。  A家では箱そのものが、美しいので大事に仏壇に 納めておいた。特に箱に何かを隠そうとも思わず、 箱を開けて中を見ようとも、思わなかったらしい。  B氏は名匠として尊敬されていたのだそうだから、 素直に言葉に従ったという、簡単な話らしい。だが。  この『お仏壇に。』というのも意味が解らない。  少し整理してみる。  現在の『秘密箱』は精密だが明治27年頃まで、 O氏の考案を待たなくてはならない。はずなのだ。  それ以前の『智恵箱』や『仕掛けのある箱』が 『秘密箱』を考案したO氏より緻密とは考え難い。  更にB氏とO氏という、天才職人には60年近い 隔たりがある、B氏もまた名人として有名なのだ。  ところがだ。O氏は今も名職人として名を残すが、 B氏が有名だったと、語り継いでいるのはA家のみ。 かなり調べたが、名匠B氏については情報がない。  二百年前の友人Aのご先祖と名匠B氏の証文には 1:箱は開く。 2:それを決めるのは箱そのものである。
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