始戒

2/2
前へ
/8ページ
次へ
何時からだったかな、僕がこの森で暮らし始めたのは・・・。 そう、確かあれは僕が物心付くようになって間もない頃にやって来た。 とても美しい彼は、僕を迎えに来たと言い、その綺麗な手を差し出した。 少し哀しそうなその瞳に、吸い込まれそうになったのを覚えている。 母さんも、父さんも何も言わなかったな。 何も言えなかったのかもしれないし、何も言わなかったのかもしれない。 母さんは何か言いたそうにしてたけど、父さんは黙ってそれを制した。 回りの大人たちは美しい彼を『鬼』と呼んだが、彼はそれを聞いても哀しそうな顔をするだけだった。 優しく僕を抱き上げて、それからゆっくりと歩き出した彼を止めるものはいなかった。 彼、は長い髪をしていた。 彼、は銀の髪をしていた。 彼、は紅の瞳をしていた。 彼、は少しも笑わなかった。 彼、はその美しい瞳に哀しみを称えるだけで表情に変化はなかった。 だが、僕は知っている。 彼が誰よりも優しいことを。 彼が誰よりも繊細なことを。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加