0人が本棚に入れています
本棚に追加
以前は、前橋でも、1,2を争う人気店だった。今でこそ、その勢いも落ち着いてきたけど。オレはここで、もう1年以上バイトをしている。
「おはようございまーす」
美鈴さんが死んでいた。じゃなくて、死んだような顔をしていた。
「ああっ、哲也君。よく来てくれたわ……。申し訳ないんだけど、急いで着替えて、入ってくれない?」
「あれ? 植木さんと、れいなちゃんは?」
「植木君、辞めちゃったのよ」
「マジ!?」
植木さんとうのは、同じバイト仲間の大学生だ。学校サボっていつも麻雀ばっかしてる。
「辞めたって、いつ!?」
「今日、急に連絡があって。大学も辞めて、ご実家に帰るんですって」
そうか。だから急遽、オレに入ってくれと頼んできたわけだ。
「れいなちゃんは?」
「遅刻。連絡が取れないのよ」
れいなちゃんはいつものことか。よりによって、こんな日に遅刻することないのに。
「ってことは、美鈴さんひとりで回してたんですか!?」
「そうなの。だから哲也君、早く着替えてきて」
美鈴さんに急かされて、オレは慌ててロッカールームに飛び込んだ。
素早く着替えて、店内に戻る。
美鈴さんはオレと代わってカウンターの中に引っ込み、せわしなくオーダーを用意し始めた。見ると、伝票がかなりたまっている。
それから30分ほどは、オーダー運びとバッシング、会計に追われて、あっという間に過ぎていった。
「ふー、ようやく落ち着いた……」
嵐のような忙しさも過ぎ去り、カウンター横で一息吐く。
「お疲れさま。助かったわ。哲也君がいてくれてよかった」
面と向かって感謝されると、照れてしまう。
「よしよし♪」
美鈴さんが、いきなりオレの頭をなでなでしてくれた。
「…………!」
突然のことに、まったく避ける暇もなかった。不意を突かれた。
「あら、どうかした? 顔が真っ赤よ?」
「いえ、なんでもありません……」
客のいぶかしげな視線が突き刺さってくる。美鈴さんも、場所を考えてほしいもんだ。
「やっぱり、まだ具合が悪いんじゃない?」
「具合?」
ああ、そういえばオレは風邪を引いたっていうことになってるんだった。
「それは平気です。美鈴さんこそ、少しは休んだらどうです?」
きっと朝から働きっぱなしだろう。
「わたしなら大丈夫」
最初のコメントを投稿しよう!