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昔のはなし。
せみがうるさい。
なつのおと。
祖父がきとくだとでんわがきた。
父は出張中だった。
母は私と妹たちを
デパートにつれていった。
もふくが必要でしょう?
デパートのなかで私は一人真っ暗闇のなかにいるような。
妹たちは楽しそうだ。
これで祖父と母の冷戦が終わる。
笑えない。
デパートのなかで服を選んでいると
母の携帯がなった。
これは昔のはなし。
母はいった。
あの人としゃべっちゃだめ。悪い人だから。
あの人っていうのは祖父のこと。
母が不機嫌になるのは嫌だから。
ずっとしゃべらなかった。
同じ家にすんでいるはずなのに。
これは昔のはなし。
せみの声の洪水のなかを
病院にむかってあるく。
死んじゃったんだって、と。
歌うようにいう妹たち。
他人なんだ。
怖い、怖い、怖い。
祖父が死んだことは別に怖くない。
人はいつか死ぬものでしょう?
死ぬことより怖い。
誰が悪いのか
誰が正しいのか
答えなんてないのだとわかっている。
人が人を嫌いになったとき。
こんなにも悪意はみにくいのか。
人の悪意に流されて、悪意をさらに大きくした。
暑いのに、指先が冷たい 。
母が、妹が、普通の顔であるいていくから、普通の顔をする。
鳴いて、ないて、ないて、
地面に落ちたせみ。
なみだなんてでない。
昔のはなし。
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