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「砂漠で道を失い、かわききっている人に、オアシスから来た旅人が、水はくれずに、オアシスの場所を教える。
今まで耐えたのだから、もう少し、がまんできるだろうと。
それは死ねと言ってるに等しいと思うのだが……。
まあ、いい。
千年、待ったのだから、あと数年、待とう。
行っていいよ。蘭」
水魚さんは、そう言って、蘭さんの頭から、カンムリをはずした。
「でも、忘れないで。
私たちは、いつも、いつまでも、君の帰りを待っている。
君が困ったときには、必ず、ここへ帰ってきて。
君の魂のふるさとは、この地だ」
蘭さんは、だまって、指輪を指から引きぬいた。
あの蛇の指輪。
卵をかかえたヘビを、水魚さんの手に、にぎらせる。
いろいろ、かかえこんだ、オロチのまつえいの水魚さんには、ぴったりかもね。
二人は、二人にだけ聞こえる特殊な波長で会話してでもいるかのように、沈黙したまま、手をにぎりあってる。
けど……僕は気が気じゃない。
やっぱり離れたくないとか言って、もう一回、水魚さんの気が変わったら、どうするんだ。
僕は蘭さんの手をとって、猛のとこまで、全速力で走った。
「水魚……」
ふりかえる蘭さんに、水魚さんは手をふる。
「御子の衣装は置いといて。
今夜は別の代役を立てるから」
僕らはエレベーターを降下し、もとの屋敷側から、外へ出ていった。
もちろん、客間に寄って、蘭さんが平服に着がえてからだ。
「なんだったの? さっきの写真」
僕がたずねると、猛は笑った。
「おれたちといるほうが、蘭は、いい顔するってことだよ」
うーん。わかったような、わからないような。
でも、よかった。
蘭さんが帰ってきて。
「よーし。アワビも残ってるし、アイちゃんがブリ買ってきてくれたし、ごうせいな夕食、作っちゃうよ。
ぱあっと、蘭さんのお帰り記念にね」
「僕、かーくんの焼いてくれる、ダシ巻きが食べたいな」
「そんなの、ちょろい。ちょろい」
「おれは肉がいいよ」と、猛。
「いいよ。いいよ。今日は腕、ふるっちゃうもんね」
僕らは、蘭さんをまんなかにして、歩いていった。
ずいぶん長い時間、地下にいたんだな。
日はかたむいて、西日が、まぶしいほど金色に輝いていた。
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