終章

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もし、どうしても死なせたくない肉親とか、恋人とかいたら、それも、いっしょに。 それから、これは、水魚から蘭さんへ」 松江の駅に到着すると、龍吾は一通の手紙を、蘭さんに手渡した。 「じゃあ、元気で。 いつか、また会おう。 とくに、蘭さん。君なら、いつでも大歓迎」 「前に僕が誘惑したのは、心が弱ってたときの気の迷いです。 いいかげん、忘れてくださいよ」 「そんなこと言わないでよ。 この年になると、新しい刺激が欲しくなるんだよね。 ね? お別れのキスしてくんない?」 「調子に乗るな、ゲスやろうーーとか言われたいですか?」 「いや、言われたくない……」 「やっぱり、この半女装、やめようかな。 女は近寄らないけど、男がウルサイ」 うん。やめたほうがいいと思う。 僕まで、惑うから。 巻きスカートのスリットから生足とか……心臓に悪い。 僕は思いきって聞いてみた。 「ねえ、龍吾さん。その今風のチャラいキャラって、もしかして年齢をごまかすための、お芝居ですか?」 龍吾は自分のオープンカーと同じくらい真っ赤になった。 図星のようだ。 龍吾とも別れて、僕らは京都に帰る。 その前に警察署にだけは寄ったけど。 蘭さんが行方不明だったときの言いわけだ。 あずささんに襲われて、一時的に記憶喪失になってたところを、村人に保護されてたって言っといた。 ほんとのことは、とても言えない。 「編集者にも、こう言いわけしとこ。 もう出家しちゃうつもりだったから、原稿、落としちゃった。 残り三十枚の穴、どうしたのかな」 「蘭さんのスマホ、ジャンジャン鳴ってたよね。たぶん、あれ、編集さんだよ」 「なんだか、いっきに現実に戻ってきちゃったなあ。 あの村でのことが、夢みたい」 たしかにねえ。 特急に乗って岡山へ。 岡山から新幹線で京都へ。 京都駅から、じいちゃんが僕らに残してくれた町屋へ。 いつもの景色のなかに戻ってくると、この二週間は、悪い夢でも見てたみたいな気がする。 でも不思議と、すでに、なつかしいような心地もする。 あの桜並木。ちょうちんの明かり。雲にかすむ山なみ。 カヤぶき屋根の家々が、幻影のように、目の奥でチラチラする。 その夜、蘭さんは一人になってから、水魚さんの手紙を読んだようだ。 翌朝、目が赤くなってたから。
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