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僕らの生活は、すっかり、もとどおり。
僕は、この事件のことを小説の形で、探偵事務所のパソコンに、こっそり残しておく作業に移る。
でも、こっそりって言っても、猛や蘭さんが読むんだよねえ。
そして、ダメ出しする……。
「かーくん、プラナリアの研究成果が発表されたの、この事件の後だぞ」
「いいじゃんか。科学的なプラスアルファがあったほうが、推理に信ぴょう性が増すかと思って」
「かーくんの書く僕って、猟奇的ですよね」
猟奇的じゃないかあ……蘭さんの趣味。
「でも、かーくん。自分のことを、ピヨピヨとか書いちゃうと、可愛く見られようとしてるとか、言う人も出てきますよ」
「えッ? それは、カルガモの気持ちなんだけど……」
「僕らはわかってますよ。もちろん。ね? 猛さん」
「かーくんの『か』は、カルガモのカ」
まあ、そんな具合に……。
たけど、いつごろからだろうか。
蘭さんのようすが、ちょっと、おかしいと思い始めたのは。
僕が洗濯のために、洗面所に入ったときだ。
洗面台の前で、カミソリを手にしたまま、蘭さんが、ぼうぜんとしていた。
「どうしたの? 蘭さん。どっかケガした?」
手に血がついている。
僕が声をかけると、蘭さんは青ざめたおもてに、笑みを浮かべた。
「なんでもありませんよ」
そう言って手をあらうと、逃げるように、洗面所を出ていく。
変だな。
どこもケガしてなさそうだけど、じゃあ、あの血は、なんだったんだろう……。
ーー蘭に何かしたのか?
ーーええ。まあね。
ーー必ず帰ってきて。君の魂のふるさとは、この地だ。
あの村で聞いた、いくつかの言葉が、ふと思いだされる。
(まさか……まさかね)
そんなはずはない。
蘭さんのなかに、もう『宿ってる』……なんてね。
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