一章 不死伝説の村

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蘭さんは売れっ子のミステリー作家だ。収入の乏しい僕ら兄弟のパトロンでもある。 蘭さんのおかげで、僕らの夕食も立派になったもんだ。 さて、その夜、そんな話になったのは、蘭さんの趣味のせいだ。 蘭さんは容姿は完璧なんだけど、壮絶なストーカー体験のせいで、ちょっと趣味がオカシイ。 この日、僕は蘭さんの著書を借りて読んだ。 戦地で飢餓状態になり、仲間の肉を食って(イヤだなあ……)生きのびた兵隊さんの話を盛りこんだミステリーだ。 で、就寝前の閑談に、この話題で盛りあがったわけだ。 「どうする? 海で難破とかして、飢餓状態になったら。今日、食べないと、二人とも死ぬってとき、猛なら、僕のこと食べる?」 蘭さんは入浴中。 テレビのクイズ番組を見てた猛は、食べる直前でゴハンをとりあげられた犬みたいな物悲しい目になって、僕をふりかえった。 「そんくらいなら、おれが死んで、おまえに食わすよ」 「兄ちゃん……」 「おれが死んでも、おまえは生きるんだぞ。薫」 「やだよ。兄ちゃんも、いっしょじゃないと」 あ、いきなり、僕たちが抱きあって泣きだしたからって、決して変な関係だとか思わないでほしい。 これは過酷な運命を背負った兄弟のコミュニケーションの一環だ。 両親も早くに亡くしたし、百歳まで生きて僕らを育ててくれた、じいちゃんも、先年、他界した。 親戚も次々、死んでいく。 イトコのあっちゃんなんか、まだ八歳だった。 なので、死の話題には敏感なのだ。決して僕や猛が変態なのではない。 それで変に盛りあがってるところに、蘭さんが風呂から、あがってきた。 「あれ、僕、お邪魔でした?」 このごろ伸ばしだしたロングヘアをタオルで拭きながら、居間に入ってくる蘭さんの色っぽいこと。 男で、この色気、異常の域だよね。 「そんなんじゃないよ」 「あ、そうだ。いざってときには、蘭を食っちまえばいいよ(いいわけない!)。そしたら二人とも生きのびられるぜ」 なんてこと言うのか。うちの兄は。 この一年、僕らを食わせてくれてたのは蘭さんだよ。その蘭さんを丸ごと食っちまおうだなんて……。 「はーん。カニバリズムですか」 察しのいい蘭さんは、僕らの話題に、すぐ気づいた。 「でも、僕を食べて兄弟で生き残るのは、ズルくないですか?」 「だって、蘭は、うまそうだよ。食欲そそる顔してる」
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