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「………あのね、千波さん」
「はい?」
「このプロポーズを機に、様付けで呼ぶのと敬語と、やめにしませんか」
意表を衝かれた千波は目を丸くする。
直後、おどおどと戸惑うように瞳を泳がせた。
「え、え、でも。……そんな急には」
「もちろん、少しずつでいいんです。僕もすぐには敬語は抜けなさそうだし」
「…………はあ」
「あ、でも。『陸様』は今すぐやめてほしいかなぁ」
その瞬間、千波の顔が今度はサッと白くなった。
落ち着きなく、自身の指をもじもじと絡めながら陸を見つめる。
「えっと……じゃあ、なんとお呼びすれば……」
「陸でいいですよ」
「りっ……!」
声を大きく上擦らせ、千波は滅相もないという風に両手と首を同時に横に振った。
「よ、呼び捨てなんて、できません!」
「どうしてですか?」
「どうしてって……そりゃ……」
「じゃあ、何でもいいですよ。……陸様以外なら」
「……………」
「俺はなんて呼ぼうかなぁ、千波さんのこと」
赤い顔のまま困ったように眉を下げている千波に、陸はニコッと笑いかけた。
日が少しずつ西に傾き始め、気温はますます下がってきている。
おもむろに立ち上がり、陸は千波に手を差し伸べた。
「帰りながら、考えましょうか」
笑顔の陸を、千波は無言で見上げる。
次に、差し出された大きな手をためらいがちに握り返した。
そのまま陸は千波の体をゆっくりと抱き起こす。
指を絡めるようにして手を握り直し、二人は家に向かって砂浜を歩き始めた。
「家に戻る前に口紅塗り直さないと、キスしたのバレバレですね」
「………そうですね」
ふふっと笑いながら、千波は陸の腕にしがみつく。
二人の間に隙間がなくなると、驚くほど寒さが和らいだ。
更に引き寄せられるように肩を抱かれ、千波は幸せを噛み締めながらそっと陸の肩に頭を預けた。
一 終わり 一
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