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そこからは海が見えて、陸はどうやら海を眺めているようだった。
端正な横顔を見て、千波の胸がきゅっと締め付けられる。
早苗のことに陸が全く触れてこないのは、きっと何かに気付いているからで。
陸が聞いてこないのにあえて千波から良平の話を持ち出すのは、やはり憚られた。
何より今日は陸の就職祝いなのだから、これ以上良平の話題に触れたくないのが本音だった。
「どうも、ご馳走さまでした」
食後、駐車場で陸は千波に丁寧に頭を下げた。
「い、いえっ。気持ちだけですが」
恐縮してしまい、千波もつられて腰を折る。
同時に顔を上げた二人は、目を見交わせて笑いあった。
「8時半か。……まだ千波さん、時間大丈夫ですか?」
「え、あ、はい。全然」
「じゃあ、少しこの辺り散歩しませんか? 海が近いみたいだし」
「…………え」
陸が首を巡らせた方向に、千波も視線を向けた。
確かに店の窓から、少し先に海が見えていた。
耳をすませてみれば、微かに波の音が聞こえる。
「ね。行こう」
返事を待たずに、陸は千波の手を引いて歩き始めた。
戸惑いながら、千波は手を引かれるまま陸の後に続く。
しばらくして、陸は指を絡めるようにして手を握り直してきた。
「………………」
甘い鼓動が耳の奥で鳴り響き、そこに波の音が加わる。
それがただ心地好くて、千波は強く陸の手を握り返した。
道路を渡ると、すぐ下に海岸が広がっていた。
風はほとんどなく、海も穏やかに凪いでいる。
優しい波の音に誘われるように、二人は手を繋いだまま海岸へと降りた。
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