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「早苗ちゃん……!」
走っていく背中に、千波は思わず叫んでしまう。
ずっと妹のように思っていた早苗に、こんな風に誤解をされてしまうのはやはり辛かった。
しかし早苗は立ち止まらず、そのまま停めていた自転車の元へと駆け寄った。
サドルにまたがりながら、ゴシゴシと涙を拭っている。
(………早苗ちゃん……)
全速力で走り去っていく早苗の後ろ姿を見つめながら、千波はギュッと胸元で手を握りしめた。
良平とはちゃんと話し合って、お互い覚悟のうえで別れたけれど。
自分達の結婚を信じて心待ちにしてくれていた人達にとっては、きっとすぐには受け入れ難い事実なのだろう……。
いつまでも陸を待たせる訳にはいかないので、何とか気持ちを切り替えて千波は店へと入った。
陸は既にテーブルについていて、入ってきた千波に気付くと笑顔で手を上げた。
「す、すみません、お待たせしました」
「いえ」
あたふたと席についた千波に、陸は何事もなかったように笑顔を見せる。
「先にチラッとメニュー見てたんですけど」
「あ、はい。今日は私が出すので、何でも好きなもの頼んでください」
「ホントにいいんですか?」
「もちろん。いつもご馳走になってるし、今日は陸様の就職祝いなんですから。こんな時ぐらいは出させてください!」
勢い込んで千波が言うと、陸はクスッと笑った。
「じゃあ今日は、お言葉に甘えますね」
「は、はい!」
それから二人で一緒にメニューを見て相談し、少し豪華なコース料理を注文した。
喉がカラカラに渇いていた千波は、水の入ったグラスに口をつける。
その目の前で、陸は窓の外の景色を眺めていた。
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