元カレとの距離感

32/32
前へ
/32ページ
次へ
そこからは海が見えて、陸はどうやら海を眺めているようだった。 端正な横顔を見て、千波の胸がきゅっと締め付けられる。 早苗のことに陸が全く触れてこないのは、きっと何かに気付いているからで。 陸が聞いてこないのにあえて千波から良平の話を持ち出すのは、やはり憚られた。 何より今日は陸の就職祝いなのだから、これ以上良平の話題に触れたくないのが本音だった。 「どうも、ご馳走さまでした」 食後、駐車場で陸は千波に丁寧に頭を下げた。 「い、いえっ。気持ちだけですが」 恐縮してしまい、千波もつられて腰を折る。 同時に顔を上げた二人は、目を見交わせて笑いあった。 「8時半か。……まだ千波さん、時間大丈夫ですか?」 「え、あ、はい。全然」 「じゃあ、少しこの辺り散歩しませんか? 海が近いみたいだし」 「…………え」 陸が首を巡らせた方向に、千波も視線を向けた。 確かに店の窓から、少し先に海が見えていた。 耳をすませてみれば、微かに波の音が聞こえる。 「ね。行こう」 返事を待たずに、陸は千波の手を引いて歩き始めた。 戸惑いながら、千波は手を引かれるまま陸の後に続く。 しばらくして、陸は指を絡めるようにして手を握り直してきた。 「………………」 甘い鼓動が耳の奥で鳴り響き、そこに波の音が加わる。 それがただ心地好くて、千波は強く陸の手を握り返した。 道路を渡ると、すぐ下に海岸が広がっていた。 風はほとんどなく、海も穏やかに凪いでいる。 優しい波の音に誘われるように、二人は手を繋いだまま海岸へと降りた。  
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1238人が本棚に入れています
本棚に追加