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「早苗ちゃんには、話したん?」
「……………」
先ほどまでは冗談混じりに明るく話していた良平だったが、その名前が出た途端にふと顔を曇らせた。
千波から視線を外し、前を見つめる。
「………早苗には、まだ言うてへん」
「……………」
「でもそろそろ、言わなあかんやろなぁ……」
しみじみとした声で、良平は呟いた。
早苗とは、良平の10歳下の妹のことである。
千波と良平が付き合い始めた時はまだ小学生で、その頃から千波のことを本当の姉のように慕ってくれていた。
早く結婚して本当のお姉ちゃんになってね、と 、会う度に言ってくれていたのだが。
二人が別れたと聞いたら、どれほど落胆するだろうか一一…。
「うわ、こんなにあるんか」
千波の家の玄関先で、段ボールいっぱいに詰め込まれた自分の荷物を見て、良平は驚いたようだった。
改めて5年の月日の長さを感じたようで、はぁ…と感心したように息をつく。
かまちに腰を下ろし、良平は段ボールの中を物色し始めた。
「………なあ、ちぃ」
「え?」
「お前、大丈夫なんか?」
ごそごそと箱の中を漁りながら口を開いた良平を、千波は訝しげに見つめる。
「大丈夫って……何が?」
「ん。……いや」
そこで良平は少し言い淀んだ。
箱の中に目を落としたまま、しばらく黙りこむ。
「あんな立派な家に嫁ぐことになって、大丈夫なんかなぁ…と」
「……………」
「幸せに、なれそうなんか?」
そこでようやく良平は顔を上げた。
千波は良平の目を見つめ返し、大きく頷く。
「………うん。大丈夫」
きっぱりと言い切った千波を見て、良平は少し安堵したように微笑んだ。
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