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「………そっか。……それやったらええんや」
そう呟き、良平は再び箱の中へと視線を落とした。
千波は廊下に正座しながら、複雑な気持ちで良平の所作を見守っていた。
しん…と冷えた空気の中、沈黙が流れる。
それに耐え兼ね、千波は遠慮がちに口を開いた。
「…………良平は?」
「ん?」
「誰かええ人、おらんの?」
「………………」
すると良平は一瞬手を止めた。
だがすぐに作業を再開させる。
「俺は、まだ未練たらたらやからなぁ」
「……………」
まさかそんな返事が返ってくるとは思わず、千波は押し黙ってしまった。
良平はクスッと笑みをこぼし、すぐに話題を変えた。
「ばあちゃんの具合はどうなんや?」
「え。……ああ、うん」
話が逸れたことにホッとして、千波は顔を上げる。
「元気やけど。……私の結婚決まったから、高松のおばちゃんのところに行くことになった」
「えっ。そうなんか?」
「うん」
「そっか。……そうなんや。寂しなるなぁ」
「ん。でもまあ、そのほうが安心やから」
「この家はどうなるんや?」
「……んー。おばあちゃんは餞別代わりにくれるって言うんやけど。……売るなり建て替えるなり好きにせえって。……そう言われてもどうしたらええんか」
「ハハッ。ほんまやな」
浮気をされて以来、こんな風に砕けた雰囲気で良平と話せたのは初めてで、千波は時の流れというものを痛感せずにはいられなかった。
別れた時は、こんなに穏やかな気持ちで良平と向かい合える日が来るなんて、思わなかったのに。
やがて良平は数冊の本とCDを手にしておもむろに立ち上がった。
「ほんならこれだけ持って帰るから、後は捨てといてくれ」
「ん、わかった」
「じゃあな」
そう言って手を上げ、良平はあっさりと家を出て行った。
ガラガラと引き戸が閉まるのを見届けてから、千波は残された段ボールを見つめてそっと溜め息をついた。
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