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「千波」
気が付くと、数歩後ろで人混みに揉まれていた千波に、陸は慌てて掛けよった。
千波が手にしていた荷物を持ち、空いた手を握りしめる。
「大丈夫?」
「は、はい。……すみません、田舎者丸出しで」
顔を赤くして陸を見上げると、陸は笑って首を振った。
この日、千波は友人の結婚パーティーに参加する陸について東京に来ていた。
証と柚子に結婚の報告をする為である。
土日を利用してなので、明日の昼には陸と別れてまた島にとんぼ返りだ。
ある程度の人混みは覚悟していたが、土曜日の東京駅の人の多さときたら半端ではなかった。
小学校の頃からのんびりと島で育った千波は、まず駅や電車というものに慣れていない。
加えてこの人の多さで、全く陸のテンポについて行けていない自分がいた。
(………こんなところに住んでてバリバリ働いてたって、やっぱりすごいなぁ……)
前を歩く陸の背中を見つめながら、改めて千波はそう思った。
こんなところで働いていたことも凄いが、こんな大都会からあんなど田舎に来てよく暮らせるものだと、そこにも感心してしまった。
陸にとってはギリギリ言葉が通じる外国みたいなものだったに違いない。
「ここからホテルすぐ近くだから、歩いていく? それとも疲れたならタクシー呼ぶ?」
駅を出たところで、陸は千波にそう聞いてきた。
千波は勢いよく首を横に振る。
まだ何もしていないのに、疲れたからタクシーに乗りたいなんて口が裂けても言えない。
「平気です! 歩きます!」
勢い込んで言うと、陸はニコッと笑顔を見せた。
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