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この凍りついた部屋を動かしたのは何だっただろうか。それは誰からも一目瞭然だった。
「目が覚めたんだね! よかったー!」
五歳の少女の歓声だった。いや、このアシエスという少女は楽しいもの、面白いものに目がなく、そのためのことであればすぐさま行動に移せてしまう勢いのある子だ。だからこそイオンはアシエスが男に駆け寄っていくのを止めることができなかった。普段ならば無意識下でもその肩を掴み引き寄せることはできただろうが、男に対して警戒心を働かせすぎていたためにアシエスの行動を阻害することができなかったのだ。
我に返った時には既に格子に掴まり、もう一方の手で男の左手を掴んで話しかけていた。
「ねえねえ、あなたなんて名前なの? どうしてここに来たの? どうして刻印術が効かないの?」
「え……」
「アシエス様!」
大声で名を呼ばれた少女はビクリと体を震わせ男から手を離した。直後に後ろから強い力で引かれ格子から引き剥がされる。ぼうっと見つめてくる男から上へ視線を動かすと、真正面をきつい眼差しで睨みつけながら表情を強張らせる専属侍女がいた。
「イ、イオン……?」
「た、対象が覚醒したことを確認っ! 姫様、お下がりください!」
バタバタと衛兵三人がアシエスと男の間に割り込んで来た。その手には鞘から抜かれた剣が握られており、荒事になりそうな現場に、始めて直面してはいるものの緊迫した空気を感じ取ってしまう。知識ではなく経験として見る凶器。その重さが周囲の空気をより濃くしている。
「いったい何が……ぐっ」
物々しい雰囲気に男も慌てたのか、ベッドの上で体を起こそうとするが傷が痛んだらしく、腹に左手を宛がいベッドの上に横たわる。
「動くな! そのままベッドの上で寝ているんだ!」
「何だって言うんだよ……」
「あ、イオン!」
少女の短い悲鳴を無視してイオンは小さく柔かな手を掴み急いで退室した。中の騒動が気になったのか、外で待機していた二人の衛兵も事態を理解したらしく、内一人が報告のために走り去っていくのを尻目に二人はアシエスの部屋へとほぼ走るようにして戻ってきた。
軽く息切れをし、乱れた呼吸を整えながら部屋の鍵をかけてイオンは扉に寄り掛かる。何も言わない従者にどうしたらいいかわからなくなった幼子はアシエスに相対するように立ちながら俯く。
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