第一話~名無しの青年~

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 本当に恐怖を感じていたのは、アシエスではなかった。  アシエスは小さな手をイオンの背中に回した。 「ごめんなさい……ごめんなさぃ……!」  今更ながらに震えてきたのは、恐怖ではなく悲しさ。今になって溢れ出す熱い涙は、自分を大事に想ってくれているアシエスを悲しませた後悔のため。イオンの優しさを当たり前と受け止めていた少女には、彼女の想いの強さを改めて実感し、自分がどれほど罪深いことをしたのかなんとなく理解した。  ややして先に落ち着きを取り戻したイオンだったが、いつまでもグズグズと泣きじゃくる幼子が泣き止むまで抱きかかえ、一言断ってからベッドの上に座し背中を優しく撫でていた。 「御気分はいかがですか?」 「あったかい……」  イオンの胸枕を利用して半ば寝そうな勢いになっているアシエス。泣きすぎて疲れたのだろう。イオンの服が涙で濡れて若干下着が透けてしまっている。他の者に見られたりするのは抵抗があるが、アシエスは一緒に風呂にはいったいしているためどうということはない。 「イオン……ごめんなさい……」 「もう怒っていませんよ、アシエス様」  囁きかけるようにそっと答える。聞いているのかいないのか、口元をだらしなく緩ませるのを見て、もう夢の中に入っているのだろうと察し、ベッドに寝かせようとするが服を握りしめられていて降ろすことができない。耳を澄ませて部屋の外へ意識を向けると、衛兵達が走り回り大声で怒鳴りあっている様子が窺えた。恐らくあの男が目を覚ましたことで大騒ぎになっているのだろう。不要だと考えつつも万が一に備えてアシエスの傍にいることに決め、しがみつかれたままベッドにイオン自身が横たわる。当然引っ付いているアシエスも寝る形になり、柔らかなベッドと温かいイオンに包まれ、乾いた涙の後を擦りつけるようにイオンの胸に顔をうずめた。  アシエスが寝つき、イオンは服を掴む小さな指を一つずつそっと剥がしシーツの下に収めると、起こさないよう静かにベッドから降りそのまま退室する。城内の声に耳を澄まし、あれから何か変化があったか確認する。  ーーだそうだ。怪我の具合もあるから牢に入れてはいないが、本人に抵抗の意志はないらしい。目覚めたから監視は増やしているが、危険はないと見ていいそうだ。
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