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――そうか。今から監視の引き継ぎだっていうのに目覚めたって聞いて正直びびってたんだよなあ。モルクル人って色々謎が多いしさ。
――大丈夫だって。話しかけられたりするけど本人も混乱してるみたいでさ、あんまり怖がってかわいそうなことするなよ?
――そこまでビビリじゃねえって。て、モルクル人だろ? ルミーラ語を話すのか?
――ああ。後で神官様がいらっしゃって直々に事情を聞くらしいけど、他国の文化を調査する立場だったんじゃねえかな。
――ふーん。
「……」
監視の引き継ぎの声の他にも聞き耳を立ててみるが、どうやらあの男性は暴れたり逃げようとしたりといった行動は起こしていないらしい。アシエスを部屋に置いて出ても問題はなさそうだと判断し、扉を振り返ると軽く手を翳した。わずかに扉が光を放ち、指先を近づけると柔らかい感触が返ってきて一定以上扉に近づけない。毎夜していることなので手慣れてはいるが、だからこその油断で抜けがあってはならない。
不可視の障壁がしっかり機能していることに納得して頷き、アシエスの私室を後にする。長い金色の髪に隠れた耳で目的の人の声を聞き、居場所を把握し躊躇うことなく廊下を進み階段を下る。柔らかな赤い絨毯が足音を包み込み、彼女の硬質な靴裏の甲高い音を響かせない。侍女らしからぬ衛兵と同様の硬い靴裏は、非常時を想定されているためである。ただの侍女と違い彼女は専属であり、有事の際にはアシエスを護らなければならないからだ。
アシエスの身の回りの世話と保護。それが彼女の第一の仕事。侍女の頭に付く専属いう単語は飾りではない。その気になれば武器を持った男の一人や二人、徒手であしらうことも可能だと自負している。
「む、イオン殿」
今目の前にいるような騎士を例外として、だが。
背中の半ば辺りまで伸びた真っ白な髪と、透き通るような黄色の瞳を守る長い睫毛は女性らしさを醸し出し、微笑を浮かべている眼前の騎士は、知らない者が見れば羨望で女性が溜息を吐きそうだと感じることだろう。金の装飾が施された鎧もアクセサリーのように見えるのは着ている者の影響に違いない。
ただ、その口から出てくる声は低いテノール。
「こんにちは、ピール様」
イオンは握った右の拳を左手で包み込み、両手を胸元の傍に置いてから小さく膝を曲げ、軽く頭を下げる。女性が目上の人間に向ける挨拶である。
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