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「今日もお美しいですね」
「お戯れを。イオン殿ほどではありませんし、私を男と知りつつ言うのはイオン殿くらいです」
ピールは苦笑しつつ左手で右の肘を握り、小さく腰を曲げる。目上の人間に対する男性の挨拶は、左腰に提げた剣を抜く気がないことを示し敬意を払う仕草をしている。
「ピール様、わたくしはただの侍女でございます。そのような礼は不要ですよ」
「アシエス姫殿下が唯一そのお心を許しておられるイオン殿に敬意を払うのは当然でしょう。容姿も刻印術も仕事ぶりも、どれも抜き出ているし、実際戦えば、私ではイオン殿には敵いませんよ」
「謙遜し過ぎです。四大将軍の一人であるスタニスラス様もお認めになられているピール様に敵う者などそうそういませんよ。もちろん、わたくしを含めて」
このままではいつまでも謙遜と称賛の応酬が続くと考えたのだろう、ピールは苦笑交じりに肩を竦めて話を一度切った。
「それで、私に何か用事があったのでは?」
「ああ、そうでした。ピール様とお話することが楽しくてつい」
「貴女は本当に世辞がお上手ですね」
光栄です、と微笑を浮かべてイオンは一礼する。
「先程モルクルの殿方が目を覚まされたことはご存知でしょうか」
「ええ。イオン殿と姫殿下がいらしていたところだったと聞いています。失礼ですが、今姫殿下は……?」
城内に他国の者がいるという状況を踏まえた上で、アシエスを一人にしていても大丈夫なのかということを言外に言わんとしている。それを理解してイオンは頷いた。
「現在、私室にてお休みになられておいでです。部屋の外には結界を施しておきましたので、例え城内の刻印術師を集めても、わたくしが戻るより早く打ち破ることは不可能でしょう」
「……本当、貴女の力は計り知れませんね。アシエス姫殿下が安全だということはわかりました。それで、そのモルクル人がどうしました?」
「何か情報を得ていないかと思いまして」
「その役目でしたら、 ロイク神官が果たしています。彼に聞いてみてはいかがです?」
「わたくし、あの人の他人を品定めするようないやらしい視線と脂ぎったブサイクな顔の前に自分を晒したくありませんわ。仕事として関わらなければならないとき以外はわたくしはもちろん、アシエス様もあの人の前にはお連れいたしません」
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