プロローグ

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 どんよりと厚い黒雲が重く空に垂れ込め、いつ降りだしてもおかしくないじめつきを感じさせる。昼日中のこの時間ならば真っ白に輝くソレールが肌を焼くほどに強く存在証明をしているのだが、今日に限ってはどの辺りにあるのかすら怪しい程だ。  昨夜までは青空が広がっていたはずなのに、今朝からずっとこの天気。毎日天候の変化を調査している魔術師達も結果と現実が違ったようで、夜半に突然空に現れた曇天に大慌てで調査し直している。  生まれてから、今日でちょうど五年になる。ずっと戦争続きで、この巨大な白い箱に閉じ込められて生きること五年。物心がつく頃には既に母親はいなかった。齢の重ねた乳母が母親代わりとして育ててくれてきたのでさみしくはなかったが、それでも空と白い壁しか見るものがない生活は、五歳の子供には少々退屈すぎた。  毎日が教育という名の縛りだらけの日々で、娯楽と言えば書庫の膨大な書物の中にごく僅かに存在する、子供向けの愛らしい絵が描かれた絵本と、コック達が作ってくれる甘いお菓子だけ。楽しいことは何もない。  子供ながらに考えることがある。どうして自分はこんな場所で、つまらない日常を送っているのだろう、と。言われるままに勉強し、作法を身に着けても、戦争で役に立つことは何もないように思う。戦争の話はあまり聞かせてもらえないため、センキョーというものはわからないし考える必要もない。難しいことは大人に任せておけばいい。  それでは、子供は何をすればいいのだろうか。無意味なことを身に着け、必要なことをしない。ただこうして中庭に出て、唯一頭上に空を拝めるここで天を仰ぐことしかできない。 「つまんない……」  小さな口から漏れた声が、刻印術の基礎知識もない子供から発せられた音が、まさか術刻陣も儀式道具も必要とせずに刻印術を行使したと、その場に誰かがいたのであればそう思ったことだろう。中庭の、避雷針となる高い物ではなく平たく低い、草花の茂る地面へと雷が一条落ちた。  子供の眼前に落ちたそれは、しかしその余波を子供に与えることなくその場に塊となって留まる。  その場に誰かがいたのであれば、召喚刻印術を発動させたと思ったことだろう。落雷刻印術などよりもずっと高度で難解な術式を。
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