第二話~所在無き心が揺らぎをもたらす~

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 巨大な城の廊下で長い髪を靡かせながら、小さな籠を手にイオンは晴れない面持ちを見せながら歩いていた。いつもであれば少し歩けば衛兵や侍女とすれ違うのだが、最近はそれも少ない。その原因は間違いなく大国フィーマとの戦争にあった。  少し前にフィーマ帝国がルミーラ王国に進軍中という情報を入手し、迎撃すべく城の大半の兵を連れ、国王エドガール自ら戦陣に向かった。上将軍はスタニスラスを始めとし四人全員、神官は最も臆病な神官と呼ばれるセドリック以外の二人、計六人が国王と共に戦場に赴いた。  王都ブリエを六千の軍が出陣する際、フィーマの連中を追い返してくれることを信じてお祭り騒ぎのように国民達は出陣を見送っていた。守備のためにブリエに残った衛兵達も同様で、イオンが城内で見かける衛兵達はさほど緊張した様子もなくいつも通りの巡回を行っている。  現在この王都において、今回の戦の状況を把握しているのは神官セドリックとイオンだけなのだ。何せ言えるわけがない。  五万の軍勢が相手の、勝ち目などない戦だということなど。  国王や将軍、神官も理解している。そして出陣した兵達も。その上で戦いに臨んだ。  ルミーラ王国の民の意地を見せてやろうと。  一人乗り気ではなく、怯えている豚野郎がいたことを例外として、だが。  せめてこの国が滅ぶまでの数日を笑って過ごしてほしいというピールの進言で、此度の戦況は公開されなかった。  しかしそんな彼の配慮も、一人の少女の沈んだ心を励ます力にはならない。 「アシエス様。イオンです」  扉をノックし、返事がないことを確認して中へと入る。 「失礼致します、アシエス様」  低頭しながら入室し、そっと視線を上げると室内には誰もいない。この光景もいつものこととなり始めている。小さな子供用の机に籠を置き、開け放たれたテラス窓へと向かう。やはりというか、この部屋の小さな主はテラスの手すりに張り付き、手すりの柱にしがみ付いて外界を眺めていた。 「風邪をひかれてしまいます。中へお入りください」 「寒くないからだいじょうぶだよ」  最近のアシエスは暇さえあればテラスの手すりにしがみ付き、ずっと遠くを見つめている。城下町より先、平野より先、山よりもずっと先を見つめ続け、探しているのだ。
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