第一話~名無しの青年~

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 ルミーラ王国の白き主城、パルデイス城の私室で、一人の少女が本を読み耽っていた。絵が多くの盛り込まれ、文字を読まずともそこに書かれている内容を大まかに理解することができる。何度読み返したかわからないそれを、ただ惰性でページをめくり、物語の終焉を迎えてひとつため息をつく。  本を閉じて、腰を掛けているベッドの正面の壁に置かれた三つの白い棚の内、右端の棚を見やるが、少女の身長ほどもない小さな棚の中にある絵本は、今手元にある本と同じように何度も読み返してしまっている。  視線を少しずらして隣の棚に目を向けるが、そこにあるのは帝王学や王族としての作法、異国と自国の文化の違いと、勉強尽くしで楽しめる要素はない。今日のお勉強は終了しているし、わからないこともなかった。そこへ手を伸ばす必要はない。  もうひとつ横の棚はガラスの填められた戸が付いている。こちらは少女の専属侍女が他の者には内緒で教えてくれている手芸グッズが入っている。元々アクセサリーを入れておくために与えられたのだが、幼い少女に身を飾ることへの関心は薄く、数少ない楽しみのひとつとしている道具達を隠すために一役買ってもらっていた。  針や糸、毛糸で何かを作ることは楽しいが、教えてくれる侍女がそばにいない今ではそれもままならないだろう。  棚から視線をはずし、首を左に向ける。ベッドの頭側の壁に置かれているのはお勉強のときに使う白い机と椅子。勉強以外の用事で使ったことはない気がする。  ベッドの端に掛けていた体を後ろに倒し上体を柔かな羽毛布団の上に横たわらせる。そのまま顎を上げて頭の先にあるものを逆さまに見た。小さく細長い鏡がスライド式の戸に嵌め込まれた、これまた白いクローゼット。横幅は三つ重ねた棚よりもあり、中に収められた暖かいドレス達は数十を越える。季節に合わせて衣替えをしていることを踏まえれば、少女の持つドレスは優に二百を越えることになる。  体に対して左側を見れば、縁を豪奢に飾り立てた楕円形の頭身鏡が鎮座している姿を拝めるはずだ。  クローゼットの横に見える大きな薄青いカーテンが揺れている。大きく開かれた、テラスへ出られる大窓から流れ込む風が、両端にくくりつけられたカーテンを揺らしているのだ。
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