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「此度の戦争を勝利へと導き、アシエス様をお護りするために出ていかれたのかもしれません」
「わたしのために……?」
「はい。きっとあの方が、アシエス様のためにルミーラ王国を救ってくださいます」
心にもないことを言うものだと、自分のことながら呆れてしまうイオン。国王やピール達には申し訳ないがこの国にはもう希望はない。天変地異でも起こらない限りこの国がフィーマ帝国を押し返すことはできないだろう。
イオンは以前から覚悟はしていた。いつかこの国は滅ぶ。その時はこの国を出てアシエスを故郷に連れて行き、アシエスだけでも助けようと。
そうなった時、アシエスは自分を一人にしたイオンのことを恨むに違いない。全て勝手な自己満足だとは理解はしているが、それでもたった五歳で生涯を閉じるには短すぎ、見捨てるにはあまりにも共に過ごした時間が長すぎた。イオンにとってアシエスはこの世でもっとも大事な宝になっていた。
あとどれくらいの時間を一緒に過ごせるのか。そのことが心残りとなる。
「イオンはあの人が、わたしの勇者様だと思う?」
「はい。あの方はきっと、アシエス様の勇者ですよ」
そっか、と、アシエスは笑った。純粋にイオンの言葉を信じる笑顔に心苦しさは感じるがこれでいいのだと思い、そう思い込もうとしていた。
「じゃあ、だいじょうぶだね」
そう言ってアシエスは視線を山の向こう、フィーマ帝国の方へと向ける。
「大丈夫?」
「うん。勇者様は誰にも負けないから。だからだいじょうぶ!」
「……そうですね。ほら、アシエス様。風邪をひかれる前に中へお戻りください。 勇者がお帰りになられた時に姫が寝込んでいては台無しですよ」
「うん。あ、ねえイオン。あの人が着てた服ってどこ?」
モルクル人の少年が身に付けていた物は重要参考物としてコートから下着まで全て保管されている。一度刻印術師や鑑定士に調べてもらったが、見たことのない素材やデザインでどこの国のものなのかもわからなかった。大陸に普及している旅人のローブとも違うそれは、最も謎の多いモルクル固有のものではないかという仮説を残し、汚れと雨に濡れたそれは保管しておくには状態がひどく劣化してしまうため、清潔な状態に保っていた。
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