195人が本棚に入れています
本棚に追加
ただ、アシエスが勇者と疑わない者の私物を囚人の私物を保管する証拠保管庫に預けているとは言いにくく、
「洗濯をして綺麗に預かっております」
必要最低限の事実だけを伝える。この時点で感づかないイオンではない。
「それ持ってきて! あの人が帰ってきたらきれいにして返してあげるの!」
「アシエス様がお繕いなさればあの方もさぞお喜びでしょう。わたくしは殿方のお召し物をお持ちしますから」
アシエスの背中を軽く押して室内に追いやりテラス窓を閉める。室内に外気が入り込まなくなり、冷たい空気が増加しなくなるだけで十分に温かく感じる。これから寒くなろうとしている季節の空気は子供には毒だ。
ベッドまで連れて行くとその肩に毛布を掛ける。
「それまで、しっかり温まっていてください」
扉を開けて振り返る。
「もしわたくしが戻った時にアシエス様のお体が冷えていたら、あの殿方の修繕はわたくしだけでいたしますからね」
「! やだっ!」
ババッと毛布を掴んで掛け布団の下へ潜り込む少女。これだけ効果てきめんならばしっかりと体を温めておいてくれているだろうと判断し退室する。
「……」
後ろ手で扉を閉めため息を吐く。つい今しがたまで浮かべていた笑顔はなく暗く重い。
最近は誰もいない場所ではこうして何度もため息を吐いてしまう。先行き暗いこの国への不安。ピールに対する心配。フィーマ帝国に対する恐れ。どれもないと言えば嘘になるが、一番の理由は不覚にも別にあると理解していた。
全てはあの男のせいであり、あの男の起こした行動のせいである。彼がいなくなったことでアシエスは陰鬱とし、普段から退屈そうな顔をしてはいても暗い表情は見せなかった。それほどにアシエスという小さな少女の心に大きな跡を残して置きながら無責任に逃げ出した少年が恨めしくて仕方がない。それが原因なのだと信じ、そう思い込んできたのだがアシエスが元気を取り戻した様子を見たにも拘らずため息が出ることが、目を逸らしていた本当の理由を想起せざるを得なくさせる。
モルクル人の少年。あの男が何一つ余すことなく理由を埋め尽くしている。
最初のコメントを投稿しよう!