第二話~所在無き心が揺らぎをもたらす~

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 短く返事をして鍵を開ける衛兵。必要に応じて中に入ることができるよう見張りに鍵をもたせてはいるが、鍵穴に鍵を通せば開くというわけではない。決まったリズムで左右に難度も捻らなければ解錠できない仕組みとなっている。  暫くしてカチリと音がし、静かに金属製の扉が手前に動いた。 「鍵をかけ直しますので、出られる際はお声かけください」 「ありがとうございます」  普段通りの人当たりがいい笑顔で礼を述べてから進入する。頑丈な石壁と分厚い金属扉で囲われた通路はひやりとした空気で満たされている。背後で扉が閉められると肌寒さは一層増し、光のない隔絶された世界となった。本来ならばランタンを持ってきたり、壁に点々と取り付けられた術灯にマナを通して光を確保するところだが、元々視力がいい上にマナで視力をさらに向上させる術(すべ)を持っているイオンには不要の長物だ。  最近収められたばかりのモルクル人の私物はすぐに見つかり、もう一度刻印術で何も問題がないか検査する。やはりただのシャツやコートで危険な要素は見つからない。  補修が必要なものはコートとシャツ。ズボンや靴などの履き物は古びてはいるが裂傷などは見当たらなかった。  見張りに礼を言って証拠保管庫を後にし、アシエスの部屋へ戻る道すがら改めて手に持った男性服を見る。  黒いシャツの素材はおおよそ綿に違いなく、肌触りですぐに理解した。薄くラインが通っている以外何の特徴もない無地のシャツだ。前面は見事に裂かれており、花のように開いてしまっている。裏地に白い布切れが縫い付けられており見たことのない記号の羅列が続いている。大きさや形が様々で規則性の感じられないその配置にモルクル人の扱う文字の複雑さに舌を巻いた。  続いてコートを眺める。眺める限り表には手を入れやすい脇のポケットしか見当たらず、前を閉めるためにいくつかのベルトがある。特別装飾らしい装飾はなくほぼ布地ひとつが形を変えたようなシンプルなもので、右肩に灰色の糸で刺繍された、片刃の剣を足で掴んだ一羽の鳥が地味になりすぎないよう程よくアクセントとなっている。嘴や翼を見ると小鳥ではなく肉食の猛禽類のようだ。
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