第二話~所在無き心が揺らぎをもたらす~

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「あぶっ」  扉を開けるとすぐに何かにぶつかり悲鳴らしきものがした。短くため息を吐き、苦しそうな声が若干遠ざかったところで止まった扉をゆっくりと廊下側へと押す。 「返事をしたのですから扉が開くことは想定できたでしょう……大丈夫ですか?」  涙目で鼻を押さえている中年の男性がいつまでも悶えているのを見て流石にかわいそうになり声をかける。 「え、ええ大丈夫です。お見苦しいところを……」  灰色に近い白髪を短く切り揃え、四角い眼鏡の奥で若干くすんだ白い瞳に涙を光らせながら苦笑する男性は鼻をさすりながら慌てた顔に戻る。 「そうです、大変なのです!」 「緊急事態であることは理解しましたから落ち着いてください、セドリック神官」  唯一城内に残り城を任された神官、セドリックは短く返事をしてブリッジを中指で押さえる。彼が気を静める際に取るポーズだ。何故そのような格好で落ち着けるのか聞いたことがあるが本人もなんとなくでやっているらしい。  十秒ほど待ってようやく落ち着いたセドリック。臆病者ではあるが彼の頭脳は神官一とすら言われている。だからこそ王も城にセドリックを残したのだろう。もちろん戦場においてまともでいられないようならば不要と思われた可能性も否めないが。 「先程早馬が城内に駆け込んできました」 「っ」  思わず体に力がこもる。早馬が到着したということは戦況において何かしらの大事が起こったということだ。そしてこの戦争に関しては結果は目に見えている。ついにフィーマ軍に自軍が押し切られたのか。早馬の身軽さと大軍の動きの悪さを考えても到着の差はおよそ一日程度。セドリックや侍女達、国民にはどれだけ謝っても足りないが、アシエスを連れて逃げる時が来てしまったのだ。  むしろこれまでよく持ちこたえたと言える。十倍近い数に対して十日近くを耐え凌いだのだ。国王や将軍を始め、一般兵に及ぶ全員が国のため、家族のために文字通り死力を尽くして戦ったに違いない。絶望をしても決してめげずに。  絶望し、死ぬことしか考えなかったイオンとは違って。 「そうですか……」  長い間続いた異国間の戦争の一つが幕を閉じ、この大陸から一つの種族が消える。歴史上ではそうなるだろう。だがそうはさせない。たとえルミーラ国が消えたとしてもルミーラの血を、アシエスを失うわけにはいかない。
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