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「フィーマ帝国軍およそ五万……撤退しました」
「……えっ」
「フィーマ軍は撤退しました。勝利とは言えませんが、我が国はまだ滅ぶことはありません」
「ど、どういうことですか?」
流石に驚きを隠せない。最悪の結果ではなかったとはいえどうしてフィーマ帝国が撤退をしたのかがわからない。不気味とすら思える事態についてイオンが困惑しているとセドリックは早馬からの話を告げた。
「陛下並びに陛下の守護にあたっていたスタニスラス将軍、神官二名はフィーマ帝国の刻印術兵により遠方から術による攻撃を受けお亡くなりに……」
刻印術による攻撃を防ぐ手立ては少ない。術による障壁を張るのが最も有効で、盾や物陰に隠れるのもありだが術師の力量によってはそれすらも貫通してくる。国の規模が違うフィーマ帝国ならばそれだけの兵を持っていてもおかしくはないが……。
「そして、我が軍の背後より突如現れたモルクル人の少年がフィーマ帝国の術兵を殲滅し、撤退に追いやったそうです」
早馬が城へ帰城した翌日の昼。ルミーラ軍はユーゴ将軍を筆頭に戻って来た。城の前でセドリックとイオンが多くの衛兵と共に出迎えに上がる。
「第三上将軍、ユーゴ・ボードリエ。帰城致した」
ユーゴの立派だった純白の鎧が赤く血に染まり、至る所が凹んだり欠けたりしている。二週間程度でまるで別物だ。それだけ彼が奮迅し多くの仲間の盾となったことを意味している。乱れた髪はボサボサで血と砂が入り混じりひどく傷んでいそうだがその目は少しも動じず鋭さを損なっていることはない。
馬上から礼を取るユーゴ将軍にイオン達も礼を返す。
「ユーゴ将軍の働きに敬意を表します。お疲れでしょうが、会議を行いたく存じます。ご足労願えますか」
「うむ。兵達は?」
「まずは休息を。その後に私の独断となりますが恩賞を授けましょう」
セドリックの声に頷いて衛兵に馬を任せ、自分は正門から城内へ入っていった。同じように城内へ入っていく死地から舞い戻った騎士達は、しかし誰もが彼と同じように強い意志を秘めた目を見せることはなく晴れない顔でぞろぞろと歩いて行った。それもそうだろう、多くの騎士達は直属の上官を失い、何より国王を死なせてしまった。フィーマ帝国という大きな敵を退けたとしても勝ったとはとても言えない。
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