第二話~所在無き心が揺らぎをもたらす~

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 死んでいった二千の勇敢な戦士達に感謝を、生き残った猛者達に敬意を込めて出迎えた者達は一様に礼を取る。  騎士達が長い列を作って城の中へ入っていき、殿(しんがり)を務めていたらしい騎士が城門を潜る手前で騎馬を止めた。  若くして百人隊長を務め、上官を失ってなお仲間のために進んで殿を受けたことは容易に想像できた。 「セドリック神官、イオン殿。城の護り、ありがとうございます」 「ピール隊長もご無事で何より」 「恐れ多いお言葉ありがとうございます。……ところで」  本来ならば口を挟める立場ではないと自覚しているのだが、どうしても気になってしまった。いや、この場にいる全員が気になっていたに違いない。セドリックもピール隊長に挨拶をした後、ずっとその背中を見ているのだから。  この戦いで傷を負っていない者はいなかったが、その人物だけは唯一怪我らしい怪我を見受けることはできない。血もついておらず若干頬に土がこびりついていることが視力のいいイオンにわかる程度でしかない。 「あはは……」  ピールも苦笑をしながら背中を振り返る。彼の愛馬に跨りまるで何の悩みもないと言わんばかりに大口を開け、いびきをかいて寝ているそれはこの城から脱走したはずの人物だった。両手を縛り、胴をピールの鎧に結びつけているために逃げることはできないその人は無礼にもピールの肩に頭を乗せてぐうぐうと寝込み涎を傷だらけの鎧に垂らしている。跳ねた黒い髪が頬をくすぐるのか、こそばゆそうにしながら話した。 「あの時、この方が駆けつけてくれなかったら私達は全滅していました。元々の立場が立場なので捕縛してはいますが、正直本気を出されたら縛っていることなど無意味でしょうね。誰か、彼を集中治療室まで運んでくれ」  ピールの言葉に慌てて駆け寄った衛兵数人が縄を切り、寝ているモルクル人を起こさないように馬から降ろし、城内へと運んでいった。 「スタニスラス将軍の亡き今、僭越ながら私が会議に同列させていただきたいと思っています。ユーゴ将軍にも、セドリック神官が許可を出したならば問題はないと仰っていました。よろしいでしょうか」  現在千人隊長は四名、百人隊長は十五人が残っていると報告は受けている。本来ならば百人隊長の出る幕ではないのだが、国王の右腕と王自らが認めたスタニスラス将軍、そんな彼が一目置いていた人物だ。
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