第二話~所在無き心が揺らぎをもたらす~

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 何と伝えようか。彼の真意がどこにあるのかわからないが、アシエスにとって悪となることを考えてはいないと信じたい。ルミーラに取り入るために行った可能性も否めないが、それはこれから判断すればいい。アシエスの側に常にイオン自身がいれば対処は不可能ではないはずだ。刻印術を無効化する手があっても対応する手立てはいくらでもある。イオンが警戒さえしていればアシエスを自由にしても護ることはできる。  危険な可能性も十分にあるのだが、イオンはこの時そのことについて考えなかった。後日、考えようとしなかったのか思いつかなかったのかをアシエスに聞かれたところ、そっぽを向いて話を逸らしたと言う。  扉の結界を解除しノックをしようと拳を振り上げたところで手を止める。 『なんだったのかな。あの人が帰って来たのかな? 早く直しておかないと間に合わないよ……』  若干の焦り声と衣擦れの音が聞こえてくる。イオンがいなくなってからも続けていたようだった。一人で裁縫をさせるのはまだ不安だったが、子供を過剰に心配する母親のようなものなのではと思い直して結界を張り直す。会議室からでもアシエスの部屋の音は聞こえる。何か問題が起こればすぐに駆けつければいい。  再び格子の内に戻されたモルクル人の下へ行こうとした足を慌てて反転し会議室へ向かう。正直イオンクラスの実力者がいなければあの虜囚を捕らえておくことなどできそうもないが、わざわざ捕まるような真似をしてルミーラ国を助けたのだ、妙な行動は起こすまい。セドリック神官もそう考えた上でイオンに何も頼んでいないに違いない。  一つ下の階へ下り会議室の前で立ち止まる。無意識に中の様子を音で確認してしまったイオンは室内に五人の気配を感じる。神官、上将軍、百人隊長がそれぞれ一名に千人隊長四名、加えてイオンの八名がこれからの会議に参加することになっている。これまでの会議が国王に加えて上将軍四名、神官三名の計八名と同じ数字なのは皮肉としか言いようがない。 「失礼致します」  ノックの後に入室する。一斉に視線が向けられ、不快なものが混じっていることにうんざりしながら、円卓を囲むようにして設けられた椅子の空き二つを見る。
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