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「そっか……えへへ」
子供らしく素直に納得し、 それからアイオンに抱きついた。その狙ったかのような愛らしい行動にイオンの頬は緩みっぱなしだ。
「あ、ねえねえイオン!」
先程の不機嫌はどこへやら、わくわくとした顔で見上げてくる少女にイオンは頷き返す。
「はいはい、なんでしょう、アシエス様」
「今日もあの人のところに行ってもいい?」
「……」
「イオン?」
あの人、というのは三日前に城内に現れた、大怪我を負った男のことである。アシエスの目の前に現れた男は気絶したまま衛兵に捕らえられ、その後瀕死であることに気づいた一人が即刻治療を開始するよう医療班を呼びつけた。何とか一命はとりとめたが、予断を許さない状況と男の不明な正体のせいで、常に衛兵が二人以上張りついているのが現状だ。
昨日までは「本当はいけないんですからね?」と釘を指しつつもイオンが同行するという条件付きで許可してくれていた。しかし何故か、今日に限っては難しい顔をして許可を出してくれない。
ややして、イオンは渋々といった様子で首を縦に振った。
「かしこまりました。ただし、わたくしがいいと言った距離以上近づかないでください」
「? うん、イオンの言うことはちゃんと聞くよ」
イオンの快く思っていない顔に首を傾げながらもアシエスは軽い足取りで部屋を出る。見たことのない外見の男。それだけで新しいおもちゃとなり、アシエスにとって素晴らしい退屈しのぎとなる。寝ている姿を眺めているだけでも新たな発見があり、イオンが許す限り連日その姿を拝みに行っているのだ。
真っ白に磨きあげられた広い廊下、そのど真ん中をどこまでも進み続ける真っ赤な絨毯の上を歩きながら、部屋の扉を上品に静かに閉めてから後ろを付いてくるイオンを振り返る。
足運びから背筋の反らし方まで、全てが綺麗だ。完成されたその挙動や仕種に、自分なんかよりもよっぽどらしいなぁ、などとアシエスは卑屈にではなく純粋にイオンを内心で称賛しながら、曇り顔の美人に問いかける。
「どうしたの?」
「……少し、気になることがありまして」
「気になること?」
若干重そうに口を開いたイオンの言葉は、アシエスにとっても奇妙なものだった。
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